「あら? 本当にご存じない?」
瞠目するツバサに女子生徒がさらに言葉を重ねようとした時
「おい、来たぜ」
背後の男子生徒が示す先に、黒塗りのセダン。親か親族か、はたまた使用人による迎えだろうか。促され、女子生徒は少しつまらなさそうに肩を竦め、それでもとびっきり優雅な仕草で二人へ笑う。
「本当に、仲が宜しくて羨ましいですわ」
ではごきげんよう
そう添えて、女子生徒は車に乗り込んでしまう。男子生徒も後に続き、二人を乗せた車は滑るようにその場を離れていった。
ツバサは、その姿を目で追うことすらできなかった。
廃部? バスケ部が廃部?
瞬きもできずに見下ろす先では、コウが軽く唇を噛み締めて視線を外す。
「本当なの?」
無言で頷くコウの肩に両手を置き
「嘘? ホント? どうして? いつ決まったの?」
矢継ぎ早の質問に、コウは言葉を選ぶように口を開いてはまた閉じる。
「ねぇ いつ? どうして?」
「夏休み明けに、顧問の先生に言われた」
夏休み明け? 九月の一日か、そうでなくても初旬ということか。今はもう十月になろうかとしている。
「その時、もう半分決まりみたいなものだって言われた。今日また呼ばれて、正式に廃部が決まったって」
「何で?」
「部員が少なくって、維持していく価値がないって」
価値がない―――
バスケットボールをやりたいと思っている生徒がここに居るのに、部員が少なければ潰してしまうのか。
たしかに部を維持するには資金もいる。ある程度部員が集まらなければ廃部も已むを得まい。悔しいがそれが現実であり、理解はできる。今ここで、その現実にゴネるつもりはない。
だが、それは今に始まったことではない。
「部員なんて、今までだって少なかったじゃない。なんで今さら」
コウが悪いわけではないのに、責めるようなツバサの言葉。それでもコウは必死に冷静を保とうとする。
「たぶん、野球部ん時と同じだ」
「野球部?」
頷くコウ。
「俺たちが入学した時にはもうなかったけど、噂に聞いたことがある」
「噂?」
「聞いたことないか?」
問われて首を捻るツバサの姿に、コウは笑った。
「野球部は、活躍したから潰されたんだ」
「活躍したから、潰された?」
意味が、まったくわからない。
首を捻ったまま硬直するツバサから視線を逸らし、地面を軽く蹴りつける。
「ウチの野球部はずっと弱小だったけど、一度だけ地区予選をけっこう上まで勝ち進んだことがあったんだ。でも、その年の内に廃部になった」
「どうして?」
「わからない」
わからないけど……
「噂だと、勝ち進む事で他校との交流が頻繁になるのを嫌ったらしい」
そこで勢い良くツバサを振り仰ぐ。
「PTAとか保護者とか、とにかく自分たちは一般庶民とは別レベルだと考えてる奴らが、いわゆる低レベルだと考えている人間から自分の子供が悪影響を受けるんじゃないかって。だから他校との必要以上の交流は避けるべきだって、そういう意見が出たらしいんだ」
「そんなっ」
反論しようとして、だがツバサにもなんとなく理解できる。
唐渓に通う生徒やその保護者は、自分たちは特別で、選ばれた、一般人とは違う上流社会の人間だと自負している。生徒達はいつでも、唐渓とは選ばれた人間の通う学校で、それ以外の人間はまるで次元の違う、自分たちより劣った存在だと言って憚らない。
「部活動は唐渓にもたくさんあるけど、あまり他の高校ではお目にかかれない内容のものが多い。ポロ部なんて、唐渓以外に持ってる学校っていくつあんのかな? カヌーポロなら日本でもやってるみたいだけど、馬に乗ってマレット持ってってヤツはあまり聞かない。唐渓ですら練習場所の確保に苦慮してるみたいだし、試合のたびにイギリスまで出かけていっているし」
バスケ部とは天と地ほどの対応の差。
「華道や茶道なんてのは女子の間では定番なんだろうけど、活動内容はかなり学校に監視されているらしいね。学校や保護者が、唐渓の生徒が交流するにふさわしいと認めた学校以外とは、親交は持たないらしいよ」
そこで一息、ホッと吐く。
「バスケ部が今まで存続できたのは、ほとんど大した活躍もしなかったからだよ。年間の試合数だって少ないもんだ。きっとバレー部やサッカー部だって、同じようなもんなんだろう」
「でもっ」
それでもツバサは納得できない。
「でも、だったら最初っから、バスケ部も野球部も作らなきゃいいじゃないっ」
「俺もそれはそう思う」
「でしょ?」
だが、コウはスッと瞳を細める。少し垂れた、一見軽薄そうな瞳が光を帯びる。
「それに関しては、これも噂、それもかなり曖昧な噂なんだけど」
「なによっ」
急かすツバサ。コウは瞳を閉じ、搾り出すように言葉を吐いた。
「裏に、誰かいるんじゃないかって」
「裏?」
「うん」
そこでゆっくり瞳を開く。
「野球部が廃部になったのって、教頭の浜島先生が赴任してきてすぐの事だったらしいんだ」
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